クメールの結婚式(2001.05.20取材)

 東北タイは,カンボジアと山脈を挟んで隣り合っており,カンボジア国境近くの村の多くはクメール人の村である.彼らはクメール文化の中で生活し,普段はタイ語ではなくクメール語で話している.結婚式ももちろんクメール式で行なわれる.その儀式の内容は,山脈の向こう側と,まったく同じであると言う.

 作業を手伝ってくれているクメール人によると,「ラオ人やタイ人の社会では,結婚式を挙げていなくても同棲することが出来るが,クメール社会ではそのようなことは容認されない」のだそうだ.

 また,伝統的にクメール人は,ラオ人よりも多くの金を,結婚式や得度式につぎ込む.タイよりもいっそう儀礼を重んじる社会なのだろうか.

 妻方居住はタイ・ラオと同じで,結婚の一連の儀式の多くは新婦側の家で行われる.


 式は午前9時29分(*)から始まった.タイでは現国王ラーマ9世に因んで,結婚式をこの時刻に始めるのが一般的なのである.こればかりはカンボジアと同じでは無かろう.

祈祷師の読経

 儀式はまず,「アージャーン」(先生の意味)と呼ばれる祈祷師による読経で始まる.今回,新郎・新婦が別々の村出身であるため,祈祷師もそれぞれの村から来ており,この2人で,前もって役割分担を決めているのだという.

 読経の合間に,祈祷師に合わせて参加者が精米を撒く.邪気払いである.これはラオにはないらしい.グーイの村での得度式でも,この精米散布を行なっていることから,クメール・グーイ系の文化であるようだ.

手首に紐を結ぶ

 魂を体内により強く結びつけるための儀礼で,タイでは広く行なわれている.東北タイでは「スークワン」と呼ばれる.結婚式や得度式など門出にあたっての儀式や,快気祝いなどの時に,集まった人々が,例えば結婚式ならば新郎新婦の手首に紐を巻きつけるのである.20バーツ程度の紙幣をくくり付けた紐を巻いたりもする.

ゆで卵の黄身の模様で行く末を占う

 ゆで卵を切ったときに見える黄身の断面の模様から,新婚夫婦の行く末を占う.これもラオの風習にもあるらしい.

 断面をきれいにして,黄身の模様がよく見えるように切るために,卵を髪の毛を使って切ることもあるそうだが,このときは無造作に手で割っていた.あまり詳しく診ている風にも見えなかったので,単にお供えのゆで卵を食べただけかと思ったくらいである.

再び読経

 写真を見ると,マイクを持って経を読んでいる人が2人いる.この2人が,新郎新婦の村から一人づつきているアージャーンである.

 テントの柱にくくりつけられたバナナとサトウキビの苗木は,繁栄の象徴である.式が終わった後には,夫婦の新居の庭に並べて植えられる(数日後,その庭の前を通ったところ,苗木は無残にも水牛に食べられてしまっていた).酒などではなく,ファンタオレンジを苗木に手向けているところが面白い(写真右上).

 左下の写真では,アージャーンが新郎新婦を聖水で清めている.

手に水を注ぐ

 読経が済んだら貝に汲んだ水で,新郎新婦の手に水を注ぐ.これも,タイの結婚式で一般に見られる儀式.

 順番に親戚一同が水を注いで,新婦の家の儀式はひとまず終わりとなる.


妻の家に入る

 祈祷師による一連の儀式が終わった後で,新婚夫婦は連れ添って妻の家(つまり夫婦の新居)に入る儀式が行われる.妻の家に入る前に,新郎新婦とも,その足を清められる(写真左).家に入った後は,夫婦がこれから共にする寝台に上がる(写真右).


 


「新郎側の家」の訪問

 その後,新郎側の家に移動する.この儀式は,新婦の一族が新郎の家を訪問することで,新郎側の一族と新婦側の一族がお互いを知り,縁を結び合うという意味を持っている.今回は新郎側と新婦側の両家が数十キロ隔たっており,このように両者の家が遠く離れていて訪問が無塚しい場合には,隣家を新郎側の家に見たて,この儀式を行なう.

 「新郎側の家」でも再び村の祈祷師による儀式が行なわれるが,こちらでの儀式はかなり簡略で,短い読経の後,手に水を掛けるのみである.その後,祈祷師に続いて親類が新郎新婦の手に水を掛け,2人の手首に紐を結びつける.手首に紐を結びつける儀式は,新郎新婦の頭に被せられていた物を短く切って使うのである.

 この「新郎側の家」の訪問が終わると,新婦と新婦側の一族は,それぞれ家に戻る.新郎は,自分が今まで住んでいた実父母の家にしばらく留まり,残務整理をした後,新婦の家,つまりこれからの自分の家に入るのである.(今回は両方の家が離れていたため,この手順通りではなかった.)


結納返し(?)

 新郎側は,結婚式に先立って,50,000から100,000バーツもの結納金を新婦側に渡しており,結婚式の後には,結納返しが行なわれる.結納返し品は,新郎の世帯のみならず,新郎側の一族に配られる.今回は十数人に品が渡された.

 引き渡される品は茣蓙(ゴザ)や寝具.茣蓙はpadauとkhlaeng puaru(何れもクメール語名)という植物の繊維を使って編まれたもので,1枚600バーツ(*3)もするが,繊維が丈夫なため30年は持つという.「一生もの」とは行かないが,「半生もの」くらいではあるだろう.

 帳簿に記載された受取人の名前が次々と読み上げられ,結納返し品が渡されていく.結納返しを受け取った人は,聖水で新郎新婦を祝福してやる(写真右上)が,後になるほど卒業証書授与式の「以下同文」みたいなもので,いい加減になってくる.

 これはタダでもらえるのではなく,受取人からは後で金が徴収される(写真左下)ので,「結納返し」という言葉が適切かどうか...


注釈
(*1) 現国王であるプミポン国王(ラーマ9世)は,国民にとっての非常な敬愛の対象となっており,ラーマ9世に因む「9」という数字は,大変縁起が良い数字とされているのである.5バーツ硬貨を縁取って刻まれた9角形にお気付きの方も居られるだろう.

(*2)以前,ルーイでラオ人の結婚式を見たところによると,男(新郎となる人)が女(新婦となる人)の家に赴き,玄関先で新婦の家に入る(新婦と結婚する)ための問答を行ない,男が問答の結果許されて女の家に入って,その後に祈祷師の儀式が始まった.

(*3) 1バーツ=¥2.7.普通に使われるプラスチック製の茣蓙は,せいぜい数十バーツ.


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