クメールの先祖供養祭礼(2001.09.16/17取材)

 供え物に欠かせない「カオトム」

 陰暦10月上弦15日(満月)[khun 15 kham duan 10]とその半月後の下弦15日(新月)[raem 15 kham],タイやカンボジアでは,故人の魂を供養する儀式が行なわれる(*).日本の盆に近いといえば近いかもしれない.その儀式の内容は地域によって異なるのであるが,南タイとクメールの陰暦第10満月の儀式の内容は,先祖の霊を招いて食べ物を食べてもらうという形で,非常に似通った部分が多いという.以下,陰暦10月下弦15日の東北タイ南部クメールの先祖供養祭礼の様子をご紹介する.

 儀式は下弦14日の早朝と夕方,15日の早朝の計3回.夕方は自宅で,早朝は寺で行なわれる.この半月前には,同様の儀式が小規模に行なわれる.いずれの日も,クメールにとっては大事な日で,この日の祭礼のために,バンコクで働いている人も皆,帰省する.中部タイの人間にとってはたいした祭礼の日ではないため,法律上の休日ではなく,帰省のために休みを取らなければならない.

 上に書いたように,先祖の霊を招いて食べ物を捧げる儀式であり,肉や魚,米など様々な食べ物が供え物として捧げられるのであるが,中でもとりわけ重要なのはタイ語で「カオトム」(煮米)と呼ばれるチマキ状の菓子である.水に浸したもち米にバナナを混ぜてバナナの葉で包み,紐で縛って煮るのである.この菓子は,先の10月上弦15日の儀式も含め,仏事には欠かせない.

 

(*)新暦の9月2日,9月17日(2001年)


夕方の儀式

 夕方,少し暗くなりかかる頃から,儀式を行なう家に親戚が集まりだす.どの家でも儀式を行なうから,順番にお互いの家を何軒も訪問し,儀式に参加し合うことになる.座の中心に置かれるのは,盥や桶に入れられた様々な食べ物,酒(蒸留酒),ビール,そしてジュース.しばしの歓談の後,「さて,やるか」とばかりに儀式に入る.

 儀式といっても,僧や民間儀礼執行者は参加しない.数十秒の間,皆が先祖の名前を呼びながら,それぞれ手にもったジュースや酒を皿に注ぐだけ.これを酒を飲みながらの歓談の合間に,数回繰り返す.

 いつも調査の手伝いをお願いしているジョイさん(男性・32歳)に付いて,彼の実母の家,叔父の家,自宅の3個所の儀式を見て回った.夫は夫,妻は妻の実父母の家系の儀式に参加するらしく,夫婦が住む自宅での儀式以外は,夫婦が儀式に同席することはなかった.

 

[母親の家(本家)]

 校長をしていたという父親はかなり前に亡くなり,キョウダイもそれぞれの家を持ち,普段,母親は広い家に一人で住んでいる.この日,この家の儀式に参加したのはジョイさんの叔母,キョウダイ,甥など7人ほど.

儀式に用いられる先祖への供え物. 18時ごろ,皆が集まりだし,儀式のための蝋燭が点される.儀式までの間,軽く酒を飲みながらの歓談となる.

 

家長の合図をきっかけに儀式が始まる.皆が先祖の名を呼びながら器に飲み物を注ぐ.

 

[叔父の家]

この家は,屋根以外は古いtalatの材を用いた昔ながらの木造.蝋燭の赤い光に照らされて非常に美しい. 先祖の名前を呼びながら,飲み物を器に注ぐ.飲み物を持たない人は,飲み物を注いでいる人の体に触れる.

 
桶の中に入れられた供え物.魚の丸焼き・ガイヤーン(焼き鳥)・カオトム・果物など. 儀式の合間に食事をとる.中央のペプシの瓶の中身はもち米から作ったどぶろくで「ラオトー」と呼ばれる.

 

[自分の家]

 数年前に新築したばかりのジョイさんの小さな家には大勢の人が集まった.親戚ではない近所の人たちも来ているようだ.


 儀式の最中も酒を飲むが,儀式が終わると本格的な飲み会になる.これはどの儀式にも共通している.飲んでは寝,起きては飲む.「我々は酒を飲むといっても,祭りがある日に限っての話だ」とはジョイさんの弁だが,タイではかなりの頻度で祭りがある.定期的な祭り以外の結婚式や葬式といった行事の時には,大量の酒が振舞われる.これに私的な「祭り」も合わせれば,酒を飲む機会はかなり多い.


早朝の儀式

 翌朝4時から寺での儀式が始まる.まだ真っ暗で,雨がしとしと降っている.毎年この祭りの期間中,いずれかの日には必ず雨が降るのだという.皆お供え物を手に寺へ向かう.

 

1. 本堂での読経

 儀式はまず,本堂での読経から始まる.僧侶が本堂の中で経を読む中,村人は本堂の周囲に座り,持ってきたお供え物に蝋燭を立て,手を合わせている.この本堂での読経の最中には,飲み物を捧げる儀式は行なわれない.

本堂に寺の僧が全員集まり経を読む. 本堂の入り口に集まった村人.

 

雨が降っているので,みんな傘を持って軒先に集まっている.

 

2. 説法堂での儀式

 本堂での読経が終わると,村人も僧も説法堂に移る.皆,説法堂に入った後,民間儀礼執行者によって僧と村人を囲い込む形で結界が張られ,僧による読経が村人を前にしてはじまる.

読経が始まる前,そして始まった後でさえ,歓談しながら酒を酌み交わしている. 結界を張る儀礼執行者.暗くて分かりにくいが,糸球を頭の上に掲げている人がそれである.柱と柱の間に糸を張っていく.

 

僧侶による読経.余り厳粛な雰囲気ではなく,村人たちは小声で雑談しながら酒を酌み交わしたりしている. 僧侶の読経が時折やみ,先祖に飲み物を捧げる儀式が行なわれる.今回は食べ物を入れた桶や鍋の中に飲み物を注いでいる.

 

説法堂での儀式があらかた終わった頃,寺男(デックワット)によって,僧に捧げる食べ物が集められる.また,タンブン(つまり現金での寄付)も行なわれる.

 

3. 寺の周囲に食べ物を撒く

 寺での儀式が終わると,村人は皆,寺から出て,境内の敷地の脇に,持ち寄った食べ物をぶちまける.捨てているのではなく,先祖に捧げているのである.これが済んだところで,一連の儀式はすべて終了ということになる.

火を点した蝋燭を差した桶や鍋を手に手に,寺の外に出る.空が白みかけている. 寺の周囲の溝に,食べ物をぶちまけている.

 

ばら撒かれた食べ物を集めて持って帰るのは,子供たちの正当な権利である.直接手渡す場合も多い. 犬もご馳走にありついている.

 


 さて,儀式が終わったら,また飲むのである.儀式の間から(仏や僧を前にして!)飲んでいるので,このころには泥酔している人も少なくない.酒のつまみは先祖に捧げる魚や焼き鳥である.

雨で路面がぬれているというのに,泥酔して座り込んでしまっている人もいる. 通りがかりのトラックの運転手にも「かんぱ〜い!」この日は法律上平日なので,雇われ人は働かなければならない.

 

 すっかり夜が明けた頃,さすがに皆,寺を後にする.しかし,帰って寝るわけではない.場所を替えてまた飲むのである.



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