東北タイクメールの安居明け儀式 [2001.10.02]

 陰暦8月新月から同11月満月までの期間,僧侶は外泊を伴うような遠出をすることが禁じられており,この時期を指して「安居期」(パンサー)と呼ぶ.安居期中は得度式や結婚式なども一切行われない.「ケ」の時期といっても良いだろうか.安居期は雨季と大体重なっており,この期間中僧侶が外出を控えるのは,『雨季の間に出歩くと虫を踏み殺してしまうから止めるように』との仏陀の教えに基づく.また,「ケ」の時期である所以は,この期間中は仏陀が天にいる生みの母親に教えを説くために地上を留守にしてしまうからだろうか.

 安居入りの日と安居明けの日は,仏教徒にとっては大切な祭礼の日で,みんな寺に集まってお坊さんの話を聞き,共に読経し,ろうそくをもって本堂の周りを時計回りに3巡するといった儀式がタイ全土で行われるが,中でもクメールの安居明けの儀式は盛大にして特殊であるそうだ.


 調査の手伝いをお願いしているジョイ氏から,10月1日から祭りを見に来るようにと言われていたのだが,9月末からいろいろと用事があり,村を訪れたのは,翌2日の朝であった.ジョイ氏は私を見るなり開口一番,「いつ来たんだ.何で昨日こなかったんだ.祭りのほとんどは昨日の夜に終わっちまったぜ.この前,10月1日に来いって言ったじゃないか.今日なんかに来ても仕方がないだろ.今日くるなら来ないほうがましだ...」.延々とお説教が続いた.非常に大事な機会を逃してしまったらしい.

 というわけで,祭りの重要な部分は見ていないのであるが,一部だけでも,祭りの様子をここに紹介しておこうと思う.「今日くるなら来ないほうがまし」と言っていたジョイ氏も,最後のほうには「まあ,少し見れただけでも良かったよ」と,表現を和らげたことでもあるし.


 昼前11時ごろ説法堂に入ると,まさに僧侶による説法・読経が終わったところで,皆,神輿を担いで外に出る準備をし始めている.これらの神輿は周囲の村々が各村に一台ずつ造ったもので,前日の夕方には,周囲の村々から神輿が寺に集まってくる儀式が行われる.この儀式は非常に華やかであり,祭りの中心をなす儀式であるそうだ.

 説法堂を出て,本堂に向かう.

 本堂の周りを時計回りに3周する.これは得度式をはじめとする仏教儀礼に共通するものである.

 練り歩きながら音楽を演奏する.クメールの伝統音楽は「ガントゥルン」と呼ばれ,胡弓のような弦楽器「ソー」を用いるのが最大の特徴である.タイの有名なプロテストソングバンド(?)であるカラワンのメンバーもクメール系で,その音楽の中にはガントゥルンの要素が多く取り込まれている.

 じきに3周回り終えてしまい,本道の周囲から出る.

 説法堂の前に戻ると,あっという間に神輿を解体してしまう.神輿の枠は捨てずに境内の裏手にしまって置き,翌年も利用する.

 この後,本堂では出家後1年(1phansa)目の僧侶に対する儀式が行われ,翌日には境内にて托鉢儀礼が行われる.また,カティン奉納祭りが行われるのは安居明後1ヶ月間のいずれかの日と決まっているので,安居明け後しばらくは,あちらこちらの村が祭りで賑わう.


 安居期が明けると,雨季明けも近い.乾いた涼しい北風が吹き始め,田は既に黄色く色づいている.


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