バンファイ滞空時間競争2001.07.15 於:スリン県

村代表のバンファイ

 バンファイとは,直訳すると「火の筒」.ロケット祭りとして日本にも紹介されているので,ご存知の方も多いだろう.雨を降らせる神様に雨季の始まりを知らせるべく,神様のいる天に向かってロケット花火を打ち上げるお祭りである.

 もともとは東北タイの中で多数を占めるラオ人の風習であり,その他,スリンなどに多く住むグーイやクメールなどといった民族は,独自の,まったく異なる様式の雨乞い儀式を持っているのであるが,ラオと接する,あるいは混在する地域では,そうしたグーイやクメールの村でも,このバンファイを採り入れているところがある.バンファイのほうが面白い≪サヌック≫からであろう.

 このバンファイ,上述したように,本来は宗教儀式であったのだが,水掛祭りと同様,質・量ともに面白さ≪サヌック≫のみを求める方向へと変容,否,暴走していく傾向にある.その変容たるや,特に量においてすさまじいものがあり,バンファイの本場ヤソトン県では,「より高く」を求めた結果,高度一万メートルに達するものまで登場し,タイ空軍のジェット戦闘機が撃墜されかけたこともあるらしい.

 また,質的な変化と言えば,ここに紹介したような,宗教的な意味合いをほとんど完全に捨て去って,滞空時間競争に純化したバンファイ大会の登場である(※).このスリン県では,2年前からこうした大会が行われるようになったという.

バンファイ祭の数日前には,このような格好の一団が村の家々を回り,バンファイの資金を集める.これは今回紹介する大会とはべつのバンファイ祭のときのもの.

 前置きが長くなりすぎた.以下,その大会の様子をご紹介する.

 

(※)昔から村対抗で滞空時間を競うこと自体はあったが,この大会では打ち上げに前後して行なわれる儀式が省略されている.


___大会は午後1時に始まった.今大会の会場となったクー村の溜池の周りには,大勢の人が集まっており,屋台なども出ている.その中,各地から集まった村代表のバンファイが,10分間隔くらいで,次々と打ち上げられていく.

 発射の様子は,大会実行委員の人によって逐一実況アナウンスされ,これがなかなかに面白い.このアナウンスを引用し,一連の流れの説明に代えよう.

 

―――準備が整いました.A級です.A2001.ラッタナブリ郡XX村のバンファイです.製作費12000バーツ.3,2,1...

―――上がって行きます,上がって行きます.お母さんのおっぱいを求めて上がっていきます...おっぱいにたどり着いたかな...おっぱいが飲めたでしょうか...どこまで上がったか,私にも見えません.皆さん,一緒に探してください...あ,見えました.おっぱいが飲めたようです.おっぱいを飲んで眠っています.♪ねーむれ〜,ねーむれ...(子守唄を歌い出す)

―――さあ,落ちてきます.落ちてきます.屋台のおいちゃん,おばちゃん.気をつけてください...どうやら池に落ちるようです.魚が死ぬに違いありません...今落ちました.何秒でしょうか.われらが判定委員の判定に注目しましょう...出ました.183秒!

___

 なるほど,バンファイが,燃焼ガス噴出のぶれによって尾を振りながら飛んでいく姿は,不器用に,しゃにむに母親の乳を捜し求めて這って行く赤ん坊の姿を思い起こさせるし,燃料が尽きて,風に吹かれながらゆっくりと落ちてくる様子は,満腹して,ゆりかごに揺られて眠っているかのようである.池に落ちたら魚が死ぬというのは,もちろん,面白おかしくいうための誇張した言い回し.


火薬の詰め方を調整する職人.これはB級のバンファイ.

 バンファイの頭部(推進薬を詰める管)の材料は塩ビ管で,これに飛行姿勢を安定させるための竹竿がついている.日本のロケット花火とまったく同じ外形.昔はすべてに竹を用いており,20-30秒の滞空時間のものしか作れなかったのであるが,やがて,より多くの火薬を詰めるため,頭部に鉄管を用いるようになり,さらに,軽くて丈夫な塩ビ管が導入されてから,飛行時間が飛躍的に延びた(どれくらい滞空するかは,文末の「結果表」を参照).こうしたバンファイは,専門の職人(といっても農業が本業)が作る.もし,職人が村にいなければ,他村から職人を呼んできて作らせる.

 この大会では,頭部の塩ビ管の大小によってA級とB級に分けられており(A級が大きい),それぞれの級の中で結果を争った.C級というのもあるらしい.「やったもんがち」でどんどんエスカレーションしていくことが多いタイだけに,このレギュレーションは,いささか意外である.ぜひ,無差別級もつくってほしいものだ.

 発射台は細い丸太を組んだもので,少し傾斜がつけられている(*).この発射台の一番上の横木に,枕のように草の塊をつけ,そこに,バンファイの頭を据える.そして,頭部を鎖で,尾を紐などで軽く固定するのである.どの村も,10分以上時間をかけて,入念に作業している.打ち出しの際の摩擦を減らすためか,据付後,本体に油を塗ったりするところもある.据え付け方にもそれぞれ独自の技があるらしい.

     

尾部の固定の仕方は,村によって少し異なるようだ.

打ち上げ準備完了.観衆にエントリーナンバーが示される.

(*)この大会のときは,ちょうど,発射台の傾斜方向と逆向きの風が吹いており,斜めに発射されたバンファイが,風に押し戻されて,発射台からあまり遠くないところに落ちてきていた.風向きを考慮して発射台の向きを変えているのだろうか.

 発射台への据付が済んだら,導火線に点火用の導線をつける.やたらと実況アナウンスの秒読みと発射のタイミングが合っていると思ったら,電気発火を使っていたのである.まあ,このほうが安全に違いない.発射台の横に,自動車のバッテリーに導線をつないで発火させる点火手が座っている.

 点火後,「シュッ」という,火薬が燃える軽い音がして,バンファイが発射台を離れる.直後,火薬の燃焼音は,空気を切り裂く時に出る鋭い爆音によってかき消され,見上げると,バンファイは,はるか高くで煙を吐きながら,なおも上昇を続けているのである.

     

 時々,爆発したり,尾部の竹竿が外れたり,上空でネズミ花火のように回転してしまったりする失敗作もある.この大会の10日ほど前には,近くの村のバンファイ祭りで,ほかの村から雇われて来ていたバンファイ職人が亡くなる事故があった.発射直後に竹竿が外れて反動で飛び,それが胸に突き刺さったという.

   

数メートル上がったところで頭部が炸裂した.

 なんでも賭けの対象になるといわれるタイ.バンファイももちろん例外ではない.男たちが老いも若きも滞空時間で賭けている.見たところ,胴元のようなものがいるわけではなく,仲介者を通して,個人間で賭けているらしかった.普段はめったに怒ることのないタイ人だが,金が絡むと話は別なようで,あちこちで口論が起きたり,中には,いい年をして小突きあっている老人もいる.

   

滞空時間の判定がなかなか出ないくらいで皆が殺気立つのも,金を賭けているせい.

 このバンファイ大会は県の主催で,優勝者には一万バーツほどの賞金が出る.唯一の県外参加者,ヤソトン県マハーチャナチャイからのバンファイが最後に登場し,あっさりとこの優勝賞金を掻っ攫った.さすがに本場のバンファイだけあって,まるでミサイルのように,定規で引いたような線を描いて飛び去った.その姿は,とても赤ん坊にはたとえられるような物ではない.近代兵器である.どこまで飛んだのか,私は最後まで確認できなかった.

 

結果表

A級(登録番号) B級(登録番号)
229 X 222 135
109ラムヤイ娘 92 121 X
986 105 10 56
506 98 229 44
41-T X 999 65
111 89 85/4 83
179 137 16 99
217 X M. 13 114
25 55 --- ---
342 132 --- ---
2001 36 --- ---
19 47 --- ---
716 184 --- ---
M. 13 94 --- ---
108 111 --- ---
019 X --- ---
299 133 --- ---
189 88 --- ---
321 95 --- ---
M. 15 140 --- ---
483 188 --- ---
474 121 --- ---
380 179 --- ---
666 144 --- ---
9 210 --- ---

"X"は,空中分解や爆発など.

 この季節,こうした大会が週毎に行われている.次週の開催は,シーコラプン郡,サワーイ村だそうだ.


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